2012年05月24日

梁 職貢図 題記

先日知人が、昨年中国で発見された「梁 職貢図 題記」という名の、絵図とその注釈の存在を教えてくれました。

職貢図というのは中国の王朝に対して周辺諸国が貢物を納めた様子を描いたもので、題記はその注釈のようなものです。

梁は6世紀頃の中国の王朝で、この職貢図が描かれたのは526年から536年頃だそうで、原本は無く断片的な模写がいくつか残っていて、昨年発見されたものによって、今までの欠落部分をかなり補填できたそうです。

その中にある斯羅国(新羅)について、「或るときは韓に属し、あるときは倭に属したため国王は使者を派遣できなかった」という記述が多くの論議を巻き起こしているようで、倭国の存在が改めて関心を呼んでいます。

高句麗の広開土王碑碑文にも、AD400年前後の10年以上の間において、度々倭国と高句麗の大規模な戦闘があった事が記されていて、この倭国が果たして大和朝廷なのか否かが問われているわけですが、知人は根っからの九州王朝支持者なので、「梁 職貢図 題記」の新たな写本の発見もまた九州王朝の存在の証拠だと息巻いていました。

九州王朝説は大和朝廷の成立に先立って、九州に一大勢力があって、頻繁に韓半島にも侵攻していたとする説で、旧唐書「東夷伝」には倭国と日本とは別であり、もともと小国(周辺国)であった日本が倭国を併合したと書かれています。

もちろん古代の事ですから、国と言う認識が現代の国の認識とは異なっているでしょうし、当時大和朝廷そのものがまだ地方豪族のレベルであったかも知れない訳ですから、その大和朝廷の創作の色濃い日本書紀が語るように、九州地方の一大豪族が九州王朝の真の姿であったのかもしれません。

いずれにしても古代に九州から韓半島に向けて幾度となく侵攻し、百済や新羅や高句麗や唐とも、様々な軋轢や権謀術数を繰り返していた事は事実の様ですし、そこまで韓半島にこだわっていたのが単に戦略的な理由なのか、あるいはそこが自分たちの出自であったからなのかは分かりませんが、文武共に活発な交流があった事は間違いないでしょう。




R0017714 / cobacco



私たちが古代史などを探る時に、ともすれば現代の民族や国家や国境に基づいて物事を判断してしまう事が良くあります。

5世紀や6世紀の九州の勢力にしても、頻繁に韓半島と行き来していたのは、その当時には民族的に差異がほとんど無かったからなのかも知れません。

また今現在の日韓の国境自体が、当時は存在していなかったであろう事を考えると、人の心を通わせる妨げになっているものは、単に物理的な距離だけなのかも知れませんね。

人の心の囲いが家の囲いとなり、家の囲いの延長が国境になっているとするなら、心の囲いが無くならない限り、国境撤廃という理想は実現しない事になります。

私たちもまた国境撤廃という理想を語る前に、お互いの心に隔たりのない家庭をまず、目指すべきなのでしょうね。









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posted by とら吉 at 15:36| 東京 晴れ| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

演劇

次女が大学で演劇部に入りました。

高校の頃から演劇に興味があったようで、大学に入ってから探していたようですが、いくつか有るサークルの中で、気に入ったものがあったようです。

大勢で一つのものを創り上げていく、その過程が良いのでしょうね。

中には主体性が強くて、一人で芝居や演劇をこなす方も居ますが、大勢で表現するものを一人で表現して、より良いものを創り上げようとするのですから、余程の才能が無いと出来ない事だと思います。

それぞれの個性もあるのでしょうが、人と人とのやり取りを軸にして物語を構成して行く場合に、その相手が無形であれば、演者の構想と想定の幅に応じて相手の個性を創り上げて行けるのでしょう。

他方、相手が実体の演者であれば、その相手が創り上げる個性が、自分の思いもよらないものになるという意外性もあるかと思います。

一人芝居でも劇団としての芝居でも、演者・観客双方にそれぞれの楽しみ方があるようで、そこがまた演劇の魅力なのかもしれません。




Paper Sumo / tanakawho




ところで先日、一人相撲という動画がネットに上がっていると知人に教えられました。

一人相撲と言うと、慣用的には周囲を無視して一人で気負い込み、実りのない事に必死で取り組んでいるような意味ですが、大道芸あるいは神事としての一人相撲というものもあるそうです。

ネットに上がっていたのは、愛媛県の大山祇神社の抜穂祭のもので、目に見えない稲の精霊を相手に相撲を取って、精霊が勝つと来年は豊作になると言う事なので、当然のことながら最終的には力士が一人で土俵に転がる事になります。

その一人で相撲を取っている様子が、旧約聖書のヤコブの天使との組打ちを連想させるという説があり、相撲という神事そのもののユダヤ由来説もあるようで、例えば行事の掛け声である「はっけよい」はヘブライ語で「投げつけよ、やっつけよ」という意味に近いそうですから、そこには何かつながりがありそうですね。

日本人のルーツを考えると、ユダヤ系のみならず様々な方面から列島に移住してきたのだと思いますが、その影響力の大きさによって文化風習の形成に痕跡が残っているのでしょう。

それではこれから先、天一国が創建されて国境の垣根がなくなり、数世紀にもわたって世界中の文化風習が混ざり合っていく上で、日本的な文化風習の痕跡が残っているでしょうか。

韓国的な文化風習が天一国の文化を形成して行く主流にはなるのでしょうが、日本的な要素が全くなくなってしまうとは思えません。

現代の私たちが日本人のルーツにユダヤ由来の痕跡を見出して興味を抱くのと同じように、幾世紀も後になって、私たちの子孫が先祖の残した痕跡を訪ね求めていく時に、日本由来のものを見つけて興味深く検証する時が来るのかもしれませんね。







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posted by とら吉 at 20:42| 東京 雨| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

本日の礼拝

本日は原理復興会でした。

創造原理について学びましたが、再復帰で久し振りに教会に来られた方もいて、実りある原理復興会になりました。


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今日の東京は、街角に吹く風の爽やかな日曜日になりました。

家から駅に向かう途中にある植え込みに、花菖蒲が見事に咲いていましたが、如何にもこの時期らしい花ですね。

花菖蒲は菖蒲湯に使う菖蒲とは異なる種類の植物ですが、アヤメとも似ているので、何かと混同されがちです。

菖蒲はその葉が刀のような形をしていて、菖蒲は勝負に通じるとか尚武などと表記されるように男性的なイメージですが、アヤメと言えばむしろ女性の名前にも使われるように、両者の持つイメージは好対照ですね。

また菖蒲が菖蒲湯などで薬用に用いられるのに対して、アヤメは根から葉から樹液まで全草毒性があるのもまた好対照と言えます。

良く似た植物で一方は薬効があり、もう一方は毒性があるのですから、科学的な検証手段を持たない時代において、経験的にそれを調べ出した人々は、かなり肉体的にも被害を被っていた事でしょう。

それにしても漢方薬のみならず、最近の科学的な研究からも未知の薬効成分が発見されるように、根や葉や樹皮や実などに様々な薬効を持たせて、植物を創造して下さった神様には本当に感謝するべきだと思います。

その中で彼岸花やアヤメなど、全草毒性を持つ植物は、もしかするとその土地やその環境の毒性を一身に集めて、犠牲の道を歩むような役割を与えられているのでしょうか。

そう考えれば、鮮やかな彼岸花の深紅の花も、アヤメの凛とした紫の花も、その境遇をも受け入れて善しとする気概の表れのように思えてなりません。

神様の創造には、それを見つめる人間の思索の多様さに応じて対応出来るような、様々な意図が込められているのでしょうね。




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posted by とら吉 at 15:05| 東京 晴れ| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

受け入れる事

昨日、長女が仕事休みで買い物に出て、次女に洋服を買ってきてくれました。

次女の好みのデザインだったそうで、思っても居なかった突然のプレゼントに次女もとても喜んでいました。

姉妹で仲良くしてくれる姿を見ると、親としては嬉しいものですね。

長女も中学生・高校生の頃は自分の事で頭が一杯で、妹の事や家族の事などあまり気にしていませんでしたが、大人になって姉の自覚と心の余裕が以前よりも大きくなってきたようです。

親としては、難があろうが堕落性があろうが、あるがままで我が子は我が子として受け入れているつもりでしたが、それでも成長している様子や、堕落性が目立たなくなっている様子を少しでも目にすると、それはそれで有り難いことだと思います。

あるがままの姿で受け入れると言うのは、親の心情の特性でしょうか。

子供の見せる堕落性のすべてを愛らしく感じると言うのは、並大抵ではありませんが、それでも一旦はすべて受け入れる心の広さを持ちたいものです。

もちろん一旦受け入れたその上で、さらに成長を願い、堕落性を脱ぎ捨てる事を願うのも、親であるからこそ抱く心情なのですが、その成長の過程で問われるのはその子供の個性の見極めでしょう。

何処までが堕落性で、何処までが個性なのかと考えると、それを見ている親の主観で大部分を判断しているようにも思えます。

二世の場合は特に、その子の持つ本然の個性とは何かと言う事を、常に考えていてあげるようにしたいものですね。




CA310126 / iyoupapa



あるがままで受け入れると言う事を考える時、ふと思い出すのは四肢不自由であったクリスチャンの詩人、水野源三氏の詩です。

水野氏の作品に「生きる」という詩がありました。


   「生きる」
      神様の大きな御手の中で
      かたつむりはかたつむりらしく歩み
      蛍草は蛍草らしく咲き
      雨蛙は雨蛙らしく鳴き
      神様の大きな御手の中で
      私は私らしく生きる


水野氏は四肢の不自由故に、まばたきで音読表を示して詩作していた方ですが、その境遇をあるがままに受け入れている、ご本人の信仰に基ずく心の姿勢も素晴らしいものですが、その水野氏の傍らで、音読表を手に持ちながら詩作を手伝っていた氏の母親の心情の器もまた、人並み外れて大きなものだった事でしょう。


まず、与えられた境遇や与えられたものをあるがままに一旦受け入れる、そこからすべてが始まり、そこから神様が役事を始められるのでしょうね。



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posted by とら吉 at 13:08| 東京 霧| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

初夏の陽気

今日は全国的に気温が上がって、東京も初夏の陽気です。

所用で新宿まで出かけましたが、街角を吹き抜ける風が心地よく、若干日差しは強いものの、爽快な気分になりました。

節季の上では立夏を過ぎた時候ですが、それにふさわしい今日の気候です。

若山牧水の歌に

   いつしかに 春は暮れけり こころまた さびしきままに はつ夏に入る

がありますが、春の名残りを感じつつも、時は待つ事もなくいつの間にか夏に向かっているという事でしょうか。

常に変転する四季の中で、時は待ってはくれない事を私たちは経験上熟知している筈ですが、それでも季節感を充分に味わうことの少ない昨今、心潤う情感をもたらしてくれる時節を、少しでも長く感じていたいと思うのも事実なのでしょう。




初夏2009 / makou0629



基元節まであと280日あまりになって、ご父母様の展開される摂理も勢いを増しているようですが、私たちを共に連れて天一国を創建しようとされるお姿に、とても感謝の思いが沸き溢れて来ます。

それはまるで、今朝乗り合わせた通勤電車が一人でも多くの人間を、その目的地に連れて行こうとする様子にも似ているように感じました。

一人でも多くの人を乗せようとサポートしている駅員は、さしずめ絶対善霊の立場でしょうか。

日頃から様々な手段・手立てを用いて、私たちを一人でも洩れることなく天国に連れて行こうとして下さる天の配慮には、本当に頭が下がります。

テレビ映像などで、屋根一杯に人が乗っているインドの通勤電車の様子が時々放送されますが、電車に乗り込むのも命懸けですね。

私たちが天国を目指す電車はまだそれほどには込み合っていないようですが、それでもその行く先が間違いなく天国に到るものであると誰もが知った時に、人が群がって屋根の上に乗ってでも行こうとするでしょうし、命懸けでそこに乗り込もうとする事でしょう。

その電車の本数を増やし、一人でも多くの人を乗せようとするのが、その行く先を明確に知っている私たちの役割なのでしょうね。






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posted by とら吉 at 18:47| 東京 曇り| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする