2011年08月30日

セミプロ

先日、何気なくテレビを見ていると、テレビの料理番組で料理研究家が出てきて、その日の夕食に間に合うような料理を紹介していました。

それを見ながら、料理研究家という職業はどのようにして生計を立てているのだろうかと考えてみました。

まず思いつくのは料理本の執筆でしょう。

テレビなどのメディアの出演、料理教室の主催、講演などもあるでしょうし、人によっては飲食店経営などもあるかもしれません。

いずれにしても、広く一般の人に分かりやすく自分の研究したレシピを教え広めるという事に、喜びを感じているのでしょうね。

昔の和食の割烹などでの板前の修業のような徒弟関係であれば、厳しい修行があり、簡単にはその技術を教えてもらえないような事もあるわけですが、その辺はプロとセミプロの違いのようなものでしょうか。

ゴルフでもトーナメントに出るプロとレッスンプロがいるように、広く一般に技術を広め、その楽しみ方を広めようとする立場の人に、私たちはお世話になることが通例です。

何事も達人レベルの方に教えを乞うのは簡単ではありませんので、必然的にそれなりの上級者に教えを乞う事になるわけですね。




P1110629.JPG / neco





信仰生活においても、その道の熟達した方の教えを乞う、あるいは指導をしていただくことは有意義ですね。

その方がすでに故人であっても、その残された偉業をたどり、残された書物などから私たちの信仰生活の参考にすることは少なくありません。

仏教で思い浮かぶ菩薩は仏陀を目指して修行をしている途上ではありますが、広く一般衆生に教えを広め、信仰を引き上げる手助けをして下さると言います。

さらに信仰に対しては功徳・御利益を持って応えてくださることで、より広く教えを広めてきたわけです。

またキリスト教では聖アウグスティヌスに代表される聖人の信仰の証しなどが、一般信者にとっては信仰を高める大きな手助けになります。

そしてカトリックにおいてはその職業や地域を守護しようとする守護聖人がいて、例えば日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルは日本の守護聖人であり、使徒アンデレは漁師の守護聖人になっていますが、ジャンヌダルクがガールスカウトの守護聖人になっているのは納得できますね。

いずれにしても多様な手段と様々なレベルで神様は、天からの恩恵を地に広めようとして下さっているのでしょう。

私たちは他者の信仰生活の手助けになるような、信仰者としての姿を目指したいものですね。





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posted by とら吉 at 19:27| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

本日の礼拝

本日は宋榮渉総会長によるインターネット礼拝でしたね。

ネット中継の終了後に、教会長様から今の摂理の状況と、2013年の起源節に向かう私たちの心構えについてのみ言を語っていただきました。


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先日、栃木に住んでいる妹と電話で話していた内容ですが、妹の職場の同僚が病気で他界する際に、同僚3人の夢に出てきて挨拶らしいお知らせをして行ったそうです。

妹は霊的に敏感な体質ではありませんが、父が他界した際もにこやかな顔をした父の夢を見たと言っていました。

私も夢に故人が出てくることはありましたが、寝ぼけていて夢だったのか実体だったのか判別がつかない事もあって、それでも何か言い残したことや伝えておくべきことがあったのだろうかと、あれこれと思いを巡らせた事があります。

夢幻という言葉でひとくくりにするように、夢と幻は同じように扱われることが多いのですが、幻は寝ていない状態で目に映るものですから、こちらの方がより鮮明なのかも知れません。

霊的な体質でなかったとしても、少し朦朧としたような、ぼーっとしたような状態のときに、何気なく霊を見る事があるとも言いますから、精神状態によっては霊界に接点を持つ事もあるのでしょうか。

ところで、夢の中で故人と手を握ったとして、それを死者の復活として捉える教派があるそうです。

死者の復活という教理に関しては、それを物理的に捉えるのか、霊的に捉えるのか、様々な教理教派がありますが、物理的に復活するにしても、夢の中で握った手の感触が残っていると言う事で、復活の証しとするというのがその教派の主張です。

統一原理的には霊人体の再臨復活という事になるわけですが、地上人と霊人との感覚に相違はないと言いますから、霊人との握手と言う事も本来はその感触がしっかりと残るのでしょうね。

地上人や霊人が違和感なく生活し、お互いに神様を中心に授受しあう本然の世界の様相を見てみたいものだと思いました。





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posted by とら吉 at 17:05| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

花火

今日の首都圏は午後から一時的に激しい雨が降りました。

新幹線も東京・品川間でしばらく止まっていたようですし、神田川の水位が上昇して地下鉄丸ノ内線が運休したりして、ゲリラ豪雨に弱い都会の様相を露呈しています。

丁度その時間に車で外に出かけていたのですが、車のフロントガラスを叩く雨が激しくて、前がよく見えないほどでした。

夏の終わりに豪雨に見舞われることは良くありますが、最近は局所的に激しく降るので、予測がつかないようで、気象情報も土地の低い場所では冠水に注意するようにと言うしかないようです。

明日は隅田川の花火ですが、この天候で果たして花火大会が実行できるのでしょうか。

震災以降自粛されてきた各所の花火大会ですが、この隅田川の花火大会も二転三転してようやく実施されることになったそうですね。

楽しみにしている人も多いので、何とか実施できるように、天候の回復を願っています。




花火 / inucara




花火大会の数千発の花火も実に見事なものですが、家の縁側で火をともす線香花火なども風流ですね。

線香花火のほのかな輝きは、何事かの願いを託すにはちょうど良いのかも知れません。

火に対する人間の思いは何か特別なものがあるようで、火を通して物事を浄化すると言う思想は火炎崇拝とも呼ばれ、様々な宗教に見ることが出来ます。

例えば学校で習った世界史で出てくる拝火教なども、火を聖なる光の象徴として敬っていたそうですが、この拝火教が日本に伝わってきた痕跡が、真言密教などに見られるという話もあります。

また、紀元前10世紀前後に拝火教が広まった中近東地域は、現在はほとんどイスラム化されていて、拝火教信者は細々と信仰を保っているそうですが、拝火教の持つ二元論の教理はその後に現われてきた様々な宗教に影響を与えたそうです。

善と悪が太初から存在するという二元論は、そのまま多神教的な教理を生みだしますが、同時に出現してきた一元論の教理ではキリスト教やイスラム教でも、それを完全に覆す事が出来ないままに、近世にまで至っているというのも事実で、それだからこそ統一原理の説く明快かつ明確な一元論が異彩を放っているのですね。

統一原理においてこそ太初には善のみが存在し、悪は後発的かつ偶発的なものであると言う一元論が完全に確定したのであるという事実は、宗教史においては私たちが考えている以上に重大なことであるという事を認識すべきなのでしょう。

大母様が主催された聖火式で祈願書を燃やす火炎を思い浮かべると、絶対善霊の生前の罪の痕跡までも消し去る炎を前にして、溢れんばかりの感謝の思いを幾度も抱いた事を思い出しますが、それもすべては神様が全き善の方であり、全き愛の方であるが故に可能なる奇跡であることを私たちは知っています。

美しさに見とれる炎もあれば、罪を消し去る炎もあることを思いつつ花火を見ると、いつもとは違った風情を感じられるかも知れませんね。



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posted by とら吉 at 20:57| 東京 ☔| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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