2012年05月30日

自叙伝書写会

お互いを認め合い助け合って生きる―これが宇宙の真理です。取るに足りない動物もそのことを知っています。犬と猫は仲が悪いといわれていますが、一つの家で一緒に育ててみると、お互いの子を抱きかかえ合って親しくなります。植物を見ても分かることです。木に絡まって上に伸びていく葛は、木の幹に寄り掛かって育ちます。だからといって、木が「おまえはなぜ私に巻き付いて上がっていくのか」と葛を責めたりはしません。お互いに為に生きながら、共に生きることがまさに宇宙の原理です。
                    (自叙伝p18〜19)

助け合うこともまた、天が結んでくれる因縁です。その時はよく分からなくても、後で振り返ってみて、「ああ、それで私をその場に送られたのか」と悟るようになりました。ですから、突然私の前に助けを乞う人が現れたら、「天がこの人を助けるようにと私に送られたのだ」と考えて、心を込めて仕えます。天が「十を助けなさい」と言うのに、五しか助けないのでは駄目です。「十を与えよ」と言われたら、百を与えるのが正しいのです。人を助けるときは惜しみなく、財布をはたいてでも助けるという姿勢が大切です。                
                       (自叙伝p74)


本日は浅川勇男先生をお招きして自叙伝書写会を行ないました。

今回の書写のみ言は「お互いを認め合い助け合って生きる」でしたが、このみ言から展開して、意義深い講話をしていただきました。



DSC_1197.jpg




本日の講話に関して、以下に要点を列挙します。

太陽や空気は誰から感謝される事もなく多くの生物の生命の維持のために存在しているように、感謝されずとも他者の為に尽くし生きる事が宇宙の原則である。
他者をまず認め、大切にするからこそ、自分も他者から認められ、大切にされる。
私たちは他者からの恩恵の故に生きる事が出来るのであるが、果たして私たちは太陽や空気のように、他者から振り返られずとも他者のために尽くし続けるような生き方をした事があるのか?
人間生活においてこれを当てはめてみると、自分の心が宇宙の原則から外れている限り、幸せにはなれない。
文先生のみ言によれば、結婚の目的は伴侶の幸せのためであり、幸せな家庭は三世代同居の上に成り立つ。
また、人の出会いには必ず意味がある。
私が今、出会っている人の背後に先祖の背景があり、歴史がある。またその人との出会いが未来においてかけがえのないものになるかもしれない。
それ故に、出会う人を粗末に扱ってはならない。
特に、突然私の目の前に現われて、私に助けを求める人は、神様がその人を心配して私に託したのであるから、なおさら粗末に扱ってはならない。
その人を粗末に扱うことは、神様を粗末に扱う事になる。
為に生きるという宇宙の原則に合わせるところから幸せが始まる。

以上は講話を聞きながら、スマホのメモ帳にメモった内容の箇条書きですが、浅川先生独特の味付けがあって、笑いと涙に溢れた講話となりました。

今回全くの新規の壮年もいて、その方の反応も悪くなかったので、今後とも新規の動員に力を注ぎたいと思います。











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posted by とら吉 at 15:24| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

本日の礼拝

本日は地区長様によるインターネット礼拝でした。

天一国創建に向けての私たちの信仰姿勢を正し、特にカイン・アベルの一体化の重要性を強調しておられました。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


本日のインターネット礼拝の訓読のみ言は原理講論後編第一章の、アダムの家庭を中心とする復帰摂理と、旧約聖書民数記12章からの抜粋でした。

民数記はモーセの路程の中で、十戒を下賜されたシナイ山を出発し、イスラエルの民を引き連れてカナンの地に臨むまでの期間の記述ですが、シナイ山を出発する際に神様がイスラエルの全会衆に向けて、アロンを通して与えた祝祷が6章22節にあります。

    主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
    主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。
    主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安をたまわるように。

約束の地へと向うにふさわしい祝祷ですが、私たちも神様が約束された天一国に向かっていく際にもふさわしい祝祷だと思います。

神様が御顔を向けると言う事は、常に一人一人に関心を持って下さるようにという事であり、当時のイスラエルの厳格な宗教的教義に反する事で「穢れた」者に対しては、神様は顔をそむけるという事が念頭にあるのでしょう。

祝祷を賜ると言う事は、それにふさわしい自分自身となって拝受すべきなのでしょうから、日頃の礼拝でもみ言をいただいて身を清め、祝祷を賜ると言う事は理に叶っていますね。

グラスを清めておかないと、注ぎ込む清らかな飲料も濁って見えるという事でしょうか。

心すべきは器を清める努力を怠らない事なのでしょう。












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posted by とら吉 at 17:54| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

加護

蒸し暑い陽気になってきました。

梅雨に入る前の期間は爽やかな日もありますが、初夏の日差しに照りつけられて一段と暑く感じる時期でもあります。

暑さに慣れるまでにはそれなりに期間が必要なので、気温の変化の幅が大きいと、つい体調を崩してしまいます。

これから食中毒の多くなってくる時期ですから、何かと体調管理には気を遣いたいものですね。

ところで最近ツバメをあまり見かけないという話もあります。

放射能を避けているからだとか、地震の起こりそうな場所を避けているからだとか、何かと根も葉もない噂が飛び交って居るようですが、餌や気温など、彼らにとってその行動を左右するもっと身近な要素がありますので、それを無視して人間の意識や思考に合わせて考えるのはあまり意味がないと思われます。

ツバメにはツバメの事情があるという事でしょうか。




Pink Lotus, Nelumbo nucifera 's flower ...Hoa Sen hồng ... / Vietnam Plants & America plants



自然災害の直前に動物が異常行動を起こすと言う話は良く聞きます。

確かに第六感と言ったものがあるのかもしれません。

人間もまた、直感的に危機を感じる能力もあるようですが、日常生活においてはあまりそれを活用する局面は少ないようです。

文明の発展と共に、私たちの身の回りを守ってくれるような環境が整ってきた事も、その直感力を鈍くしている一因ですが、それでも人知れず守ってくれているものに対する感謝を忘れてはなりませんね。

日頃私たちを守ってくださっている神様や先祖や絶対善霊に対する感謝は、言うまでもない事ですが、感謝を伝えきれない対象や事物に対しては、せめてその存在を知る、その存在を認識する事も大切なことだと思います。

最近の日本においても、何か自分にとって都合の悪い事が起きると、責任転嫁してすぐに社会や環境のせいにする傾向が目につきますが、社会制度や建築物や法令などの事物事象に対して、日頃からその存在を知り、検証しておく心構えがあれば、無為に責任転嫁する事は無い筈です。

同じように、日頃私たちを守ってくださっている神様や先祖や絶対善霊に対しても、その存在を認識するだけでなく、常にその加護を検証する心構えが必要だと思います。

さらにその加護が万全であるためには、守っていただける自分自身になっているのかと言う自己検証が伴う事でしょう。

また、何か自分に不都合な事が起きた時に、それを責任転嫁する事は、日頃守ってくださっている神様や先祖や絶対善霊に対して、失礼なことをしているようにも思えます。

何か自分に不都合な事が起きた時に、それを責任転嫁するような心の隙を一切作らないような心掛けが必要なのでしょうね。







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posted by とら吉 at 16:35| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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