2012年09月30日

本日の礼拝

 お父様は天上でお仕事をされながら、食事の時間には違わずお越しになります。上食は午前7時、正午、午後6時と定めました。普段はそのようにできませんでしたが、霊界に行かれた後は必ず時間を守られます。私はそれを実感しています。私は今、毎日お父様と対話をしながら過ごしています。お父様が平素より好まれた味噌チゲやおかずなど、あれこれを説明しながらおいしく召し上がって頂くようにお勧めして食膳を上げています。一日3回の上食を捧げるために、私には自由な時間がありません。お父様の生前にはこのように時間を合わせ適時にお捧げすることが出来なかったために、この期間だけでも私が精誠を尽くして侍らなければならない理由です。皆さん、お父様が聖和されたその瞬間、私はお父様と人類のために願われて志された内容を、私の生命が果てる日まで成就して差し上げると約束致しました。ですから私は今忙しいのです。複雑な韓国の事情を再整備し、一心不乱に統一教が神霊と真理を中心としていく教会の伝統を立てようと考えています。自発的な教会として成長させようという目標を立て、最近は多くの幹部たちと指導者たちの報告を受けて新しい計画を樹立していますので、皆さんもう少し待っていて下さい。
 一次目標は、基元節まで全力投球 死生決断で天一国を定着させなければなりません。この国と全ての民が、真の父母様によって祝福を受けなければならない責任が皆さんにあるということを忘れないでください。皆さんも一層力を出して、百倍、千倍、もっと努力する道だけが、お父様から受けた愛と恩恵に報いる道です。
 皆さん、私たちの統一教会をこれからは生き生きと息づく草創期の教会として作っていくつもりです。数字や制度に束縛されずに、より自発的で創意的な、躍動する教会として発展させていくでしょう。いつでも行きたくて留まっていたい私たちの家、暖かいお母さんの懐のような、原理と愛を中心とした教会に作っていきます。草創期のように、いつも教会から原理講義の声が絶えないように作っていきます。皆さん全員が毎日毎日行うことに感謝しながら、祝福を受ける人となり生涯で最大の実績を捧げて下さい。基元節まで余り残っていません。そのような皆さんとなるように、もう一度お願い致します。

<2012年天暦8月8日(9月23日)、真のお父様が聖和されてから21日目の早朝に
                            下さった真のお母様のみ言 抜粋>



本日の礼拝の訓読のみ言です。

遠くの山を見よというお父様のみ言を基に、目先の小さな事象に捉われず、未来に向かってお母様と共に歩む時を迎えている事を教示していただきました。


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自民党の総裁に安倍晋三氏が選出されましたが、かつて首相に就いておられた時のキャッチフレーズ「美しい日本」は復活するのでしょうか。

美しい日本の国土と国民を守るために、国はその外交姿勢を明確にしなければなりませんね。

自然が豊かで美しい日本の中では自然や人との協調が問われますが、外交においては自分の姿勢を明確にしなければなりません。

ユダヤ教やキリスト教やイスラム教の出自はユダヤの荒野ですが、厳しい自然環境の中で、自分の意志や態度を明確にしなければ生きていけない環境であったが故に、神様と自分の関係や、そもそも自分自身とは何であるのかという問い掛けに対しても、明確にしなければならない立場から、それらの宗教が生まれて来ました。

翻って今の日本においても、厳しい外交環境の中にあるが故に、日本のあるべき姿を再認識する事が必要なのでしょう。

日本人のアイデンティティの再確認と共に、そもそも日本が世界に対してあるべき姿とは何であり、世界に対する日本の国家としての使命と責任とは何であるのか、国民の一人一人が明確にするべき時なのだと思います。



ところで日本が今置かれている状況と、私たち統一食口の置かれている状況がシンクロしているようにも思えます。

これから基元節に向かっていく上で、私たちは自分のあるべき姿を、神様の前に、父母様の前に自分はいかなる存在であるのかを、明確にしていく必要がありますね。

それが成されてこそ、私たちや私たちの後孫の永遠性が確立されると思うのです。










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posted by とら吉 at 16:20| 東京 ☔| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月29日

自叙伝書写会

幸福は常に私たちを待っています。それでも私たちが幸福を探し出すことができない理由は、欲望が行く道を阻むからです。欲に眩(くら)んだ目は前を見ることができません。
たったいま地面に落ちた黄金のかけらを拾おうとして、その先にある大きな黄金の山を見ることができず、ポケットに入れることにあくせくし、ポケットが破れたことも分かりません。
           (自叙伝339ページ)

自分だけのために生きる利己的な人生ほど愚かな人生はありません。利己的な人生は、自分のために生きているように見えますが、究極的には自分を破壊する人生です。個人は家庭のために、家庭は民族のために、民族は世界のために、世界は神のために生きなければなりません。
           (自叙伝340ページ)


本日は自叙伝書写会でした。

今回は「幸福は常に私たちを待っています」というみ言の書写でした。

人生をマラソンに例えるなら、ゴールは常に用意してあって私たちの来るのを待っています。

それでも私たちがゴールにたどり着けないのは、そこまで行く途中であきらめてしまったり、道を間違えてしまうことが原因です。

そのマラソンの最大の邪魔者が我欲であり、目先の小さな事に目を奪われて、大きな幸せを失ってはいけないという内容でした。



自叙伝書写20120929.jpg



また、講演の中で、蝶と蛾の相違についての話がありました。

一般的に木の枝などに止まる時に、蝶は羽根を閉じて、蛾は羽根を広げていますが、蛾はその漢字から我(我欲)にも通じているので、自己主張の象徴的な表現だという例え話でした。

日本にはチョウ目の昆虫が3500種以上居ますが、そのうち蝶と呼ばれるものが250種で一割弱、世界では蛾は蝶の20~30倍の種類が生息しているそうです。

例え話に戻ると、人間においても自己主張の強いものは、そうでないものの20~30倍は居るという事でしょうか。

そう考えると何となく納得してしまいますが、例え話と言うよりはむしろこじつけに近いかもしれませんね。

いずれにしても、我欲を捨てると言う事は簡単な事ではありませんが、自叙伝書写がその一助となる事を神様は教えて下さっているのでしょう。。







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posted by とら吉 at 15:31| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月27日

本郷殿開所式

今日は富士霊園の一角にある本郷殿の開所式に参加して来ました。

東京を車で出た頃は曇天でしたが、富士山が近づくにつれて少し青空が雲の切れ間から見えるようになり、式典の最中はまるで盛夏のような強い日差しでした。



本郷殿1.jpg



広大な富士霊園の団体用墓所の一角に納骨堂があるのですが、実物は思っていたよりも小規模なものでした。


本郷殿2.jpg


ロッカー風の造作ですが、今設置されているスペースはすべて納骨者が決まっているそうです。


本郷殿3.jpg


土地が広いので、いずれ同じようなものがいくつも建設されるのでしょうね。

納骨堂のすぐ裏に富士山が大きく見えて、墓所としては本当に素晴らしい場所だと思いました。

東京からだと、尾瀬霊苑よりも近いと言うのが利点でしょうか。

納骨という形で埋葬せざるを得ない食口にとっては、有り難いものだと思います。

また、墓所は霊界と地上界との連結点でもありますから、日本の各所に私たちの教会の墓所を作ることで、より清く高い霊界との連結点が増えれば、それだけ日本全体が天の加護を受ける土壌が広がる事でしょう。

本郷殿の背後にそびえたつ富士山と、本郷殿に吹いていた爽やかな風が、その霊的な高さを物語っているようで、思いもよらないほどに霊的に復興した1日でした。




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posted by とら吉 at 19:51| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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