2012年10月31日

清平 秋の大役事

10月27日(土)から清平の大役事に参加して来ました。

今回は教区でツアーを組んでいて、月曜日には清平から龍平に向ってバスで移動し、龍平のコンドミニアムに宿泊するスケジュールでした。

日本では出発時はまだそれほどに寒くありませんでしたが、清平は季節通りに冷え込んでいて、一日の温度差が大きい故に木々も美しく色づいていました。


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また、恒例の屋台も出されていて、とても賑わっていましたが、いつもながら参加者の多さには驚かされますね。


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日曜日の午前中までは役事の際には大講堂に入り切れずに、外の廊下で韓国の食口に混じって役事をしていました。



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大講堂の外で役事する事になるとは思いもしませんでしたが、それでもそこで仲睦まじく役事をしている韓国人の親子を見ていると、心の奥底から微笑ましいと思う情が驚くほどに満ちてきて、環境に意識が奪われなかったのが不思議です。

色々と外的には不便や不都合があったものの、それでもしっかりと役事に集中できた今回の清平でした。



大役事も終わり、月曜日にはバスで龍平に移動したのですが、コンドミニアムで宿泊して翌日は、本来運転していなかったゴンドラを動かしていただいてとても感謝でした。

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そのゴンドラからの眺めは雄大で、程良く色づいた紅葉の山並みが延々と続き、心癒される眺めでした。

ところが途中から曇って来て、頂上はすでに気温が氷点下になっていて、寒さの耐えきれず早々と降りて来る事になってしまいました。

好天であればいつまででもそこに居たいと思える絶景だっただけに残念です。

それでも龍の背を思わせるような山並みは、しっかりと目に焼き付いて、本当に絶景だと思います。


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その後、金浦空港に向かう帰りのバスから眺めていると、ソウルは快晴で気温もそれほど寒くなく、すっきりとした秋晴れでしたので、とても心地よいドライブとなりました。

途中に立ち寄った高速道路の休憩所は外装も中も日本とほとんど変わらない様子で、全く違和感なく休憩・食事が出来ました。


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月末の忙しい時期ではありましたが、恵み多い清平ツアーに参加出来て、本当に感謝しています。


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posted by とら吉 at 18:32| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

バランス

今日は全国的に天候が良くないですね。

この時期は気圧配置の関係で、雨の降りだす前に気温が若干上がるそうです。

それでも一雨降るごとに秋が深まっていくのでしょう。

ところでお父様の聖和以来、お父様の路程や、残された業績をビデオなどで目にする機会が増えました。

お父様の残された業績を改めて見てみると、あまりにも他分野に及ぶ組織や団体があり、人類の行く末に責任を持たれたお父様の見識の広さ深さを感じます。

信仰的観点のみならず、対外的・社会的観点からも理想世界を構築しようとされたお父様の遺志を受け継いで、私たちも多方面的に、多角的に活動しなければならないのでしょう。





Autumn colors / coniferconifer




キリスト教に限らず、より他者のために尽くそうとする宗教者であればあるほどに、様々な社会活動に投入してきた歴史がありますが、個人としての宗教的・霊的充足がなければ枯渇してしまいます。

個人としての魂の救済と社会活動とは別のものだと言う事ですね。

お父様が創設された様々な団体には「天宙」や「アベル」「父母」などの冠がついています。

それはその次元での勝利に基づくものであると言う証しでもありますが、同時にそこに属する者に対して、霊的意義と価値を念頭にして活動せよと促されているようにも思えます。

さらに個人としての霊的充足の道を、お父様は訓読生活という形で残して下さいましたので、そこに霊的活路を見出しつつ、社会活動にも投入するという形が合理的であり、理想的であるとも言えます。

興南でのお父様の路程を辿ると、肉体的・物質的極限状態の中でも霊的な糧があれば生き抜く事は出来ると考えられます。

しかし、物質的な糧が全くなければ肉体の維持にも限度があります。

昔から老獪な方がよく口にする言葉ですが、人はパンのみで生きるものではない、しかしパンが全くなくても生きてはいけない、という事でしょうか。

それぞれの組織や団体を構成する個人において、霊的な充足感と肉体的な充足感のバランスが重要なのだと考えるべきでしょうね。






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posted by とら吉 at 20:38| 東京 ☔| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月21日

本日の礼拝

本日は原理復興会でした。

人類の救世主文鮮明先生の偉大なる生涯という題目で、教会長様が主の路程をパワーポイントで講義して下さいました。

1時間強の時間で主の路程を語るのは到底無理があるので、ポイントを絞りながらの講義でしたが、概ね分かりやすい内容でしたので、参加者にも理解していただけたと思います。


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主の路程の中でも興南での苦難の路程は、講義内容としてもメインの一つですが、お父様が平壌で活発に伝道活動をされて、他の教会からも多くの信徒たちがお父様のもとに集うようになって、教理的な反発や、自分たちの教会の教勢の減少を恐れた他教会からの心ない告発によって、お父様は共産党当局に逮捕されて興南監獄に収容されたのは周知の内容です。

共産党当局に告発した側の教会はその後、ことごとく教会指導者が捕まえられて粛清されていきました。

それを因果の報いと捉えるのは軽薄極まりない事ですが、宗教者の歴史的教訓として捉える事は可能な事でしょう。

かつて第二次世界大戦の頃に、ナチスの支配下にあったドイツにおいても、ユダヤ人に対する非人道的な排斥迫害を目にしながら、ナチスに異論を唱えない教会があったと聞きます。

当時のドイツのキリスト教会はそれぞれの教派の主義主張が交錯し、混乱もあったそうですが、自分たちの教会・教団の教勢にのみ意識を奪われ、通常の社会常識では容認できないような状況すら見て見ぬふりをしてしまうキリスト者も少なくなかったようです。

その自己矛盾に耐えきれず、ナチスに対する教会としての反駁の証しとなったバルメン宣言が、カール・バルトを中心にドイツ福音主義教会等によって1934年に出されましたが、それすら批判し黙殺する教会・教団もありました。

結果として600万人に及ぶユダヤ人の人命が失われていくと共に、自分たちにも戦火が降り注ぐ事になった事例を見ても、宗教者にとって教理・教派を越えて和合共存の道を求めていく事が容易ではなく、同じ轍を幾度も踏んできたのが人間の歴史であったと言えます。

お父様が説かれたように、私たちは宗教・思想・人種・国家の壁を越えて、和合共存の道を求めて行かなければなりません。

統一運動をさらに推し進める事によって、過去の歴史の教訓が単に教訓に留まることなく、宗教者の行動理念の核の一部となるように努めたいものですね。







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posted by とら吉 at 18:55| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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