2012年11月30日

自叙伝書写会

その頃、草梁(チョリャン)の労務者用の宿舎に入ることができました。部屋が呆れるほど小さくて、対角線で横になっても壁に足が当たります。その後、知り合いの家に泊めてもらい、その部屋で鉛筆を削り、心を尽くして『原理原本』の草稿を書きました。極貧の生活だろうと何の問題もありませんでした。たとえゴミの山の中で暮らしたとしても、意志さえあればできないことはないのです。                            (自叙伝124〜125ページ)

 歴史上、偉大な指導者は、皆幼い頃から人生の目的が明確でした。彼らは、幼い頃に胸に抱いた目的を生涯大切にも持ち続け、それを成し遂げようと熾烈な人生を生きました。
 寝て、起きて、活動するすべての人生の営みが、未来の舞台を準備するためのものだったのです。今、果たしてどれだけの人がそのような人生を生きているでしょうか。
 私たちは全員、偉大な人間として創造されました。何の意味もなく皆さんがこの世界に出てきたのではありません。神様は、自分のすべての愛を注いで私たちをつくりあげられたのです。ですから、私たちはどれほど偉大な存在でしょうか。神様がいらっしゃるので、私たちは何でもすることができるのです。
                      (自叙伝327ページ)


本日の書写会の訓読のみ言です。

本日は浅川勇男先生をお迎えして、自叙伝書写会を行ないました。

待った木の新規の方も来られていましたが、浅川先生の饒舌な講演に聞き入っていたのが印象的でした。



1130書写b.jpg




今回から書写するみ言は「意志さえあればできないことはない」で、そのみ言に沿った講演となりました。

自分は不幸だと口にする人の多くは、自分は幸福を求めているのに、人が妨げるという事を言います。

不幸の原因が他人にあるとすれば、その人が変わらない限り、自分が幸福になることはできません。

それ故に自分の考え方が変わらなければ、幸福には至りませんが、そこには多くの妨げもあります。

そのように人が幸せになろうとすると、様々な困難が訪れて来ますが、幸せになろうとする強い意志があれば、どのような困難にも打ち勝てるはずです。

さらに、自分の幸せではなく、人を幸せにしようと言う強い意志が私たちには必要です。

裏切られるような事や、失望させられるような事が幾度もあったとしても、それでもこの人を幸せにしようとする強い意志があれば、そこから幸福に到る道が開かれる。

このような内容で講演をして下さいました。








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posted by とら吉 at 14:32| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日

価値の絶対性

このところ急に寒くなって、油断して風邪をひいてしまいました。

昨日も東京は年末年始の気温だという話だったので、ただでさえここ数年短くなったと感じられる秋が足早に過ぎ去ったようです。

12月を目の前にして、いよいよ師走に突入と言ったところでしょうか。

我が家の鉢植えの万両の木にもたくさん実がなっていますが、昨今の寒さでかなり色づいてきました。

正月には真っ赤に色づいた万両の実を見る事が出来そうです。

元々は10年ほど前に、小さな苗木でいただいたものですが、成長に伴って鉢を変え土を変えつつ大きくなってきて、今では70cmほどになっています。

丈夫な植物なので、それほどに小まめな手入れは必要ありませんが、正月の縁起物として千両などと共に重宝されていますね。

繁殖力の強さから、外来有害植物にしている国もあると聞きますから、文化や立場が変われば扱いも変わると言う事でしょう。

繁殖力の強さと言えば、ハーブとして重宝されるミントもかなりのもので、わずかな根さえ残っていればそこから繁茂するので、畑地などに地植えすると駆除が簡単ではないそうで、雑草や有害植物扱いをされる事もあるそうです。

当事者の立場が変われば有益なものも有害になると言う事でしょうか。




DSCN1306 / Tamago Moffle





一般的には物事の価値は相対的に決定されるものですが、絶対性を持って価値づけられるものは、当然のことながら特定の民族・国家の枠組みを越えた汎世界的なものに成りますので、宗教に基づくものが挙げられます。

古来、宗教の教義や思想は国家や民族の壁を越えてその存在を示してきました。

それは人間の生死観に直結しているものであるが故に、国家体制や民族性に捉われず、汎地球的に拡大されてきたわけですが、その絶対性の裏付けは突き詰めれば神様の絶対性そのものに有ると言えます。

神様が絶対唯一の創造神として存在され、その願われる理想世界への神様からの絶え間ない心情の投入故に、神願う世界に近づく様相が現象化・実体化してくるのでしょう。

ところで、私たち統一食口にとって絶対的な価値を有するものは、真のご父母様の存在そのものであり、また教会の教義そのものであり、換言すれば真のお父様が残して下さった八大教材教本のみ言であると言えます。

国家・民族・文化・人種・宗教の壁を越えて人類を愛して下さった、真のお父様の愛が神様の愛そのものであり、絶対的な価値を持つものであったが故に、その教義や思想が汎世界的なものである事の裏付けになっていますので、地球上の誰が学び聞き知ったとしても人類に共通の価値を体感させて下さる訳ですね。

生前、真のお父様は八大教材教本のみ言を、遺言として人類に残すと言っておられましたが、正にそれは過去の人類にとって目にする事の無かった絶対的な価値の具現化されたものと言えるでしょう。

改めてみ言の価値を噛みしめながら、訓読に励もうと思いました。





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posted by とら吉 at 20:03| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月25日

本日の礼拝

本日は原理復興会でした。

祝福原理復興会と題して、祝福の意義と価値を分かり易く、パワーポイントによる講義形式で教えていただきました。


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11月20日は酉の日(二の酉)でした。

最近多忙だったので、例年は新宿の花園神社に足を運んでいたのに、つい忘れてしまいました。

酉の市の祭礼はいつも華やかで賑わいがあって、いかにも商売繁盛の願掛けが叶いそうです。

元々は鷲(おおとり)神社は日本武尊を祀る神社で、武運長久を叶える神社だったそうですが、江戸時代に入っていつのまにか商売繁盛を叶える神社になったそうで、特に関東では足立の大鷲神社が本酉として大いに栄えたそうです。

実際に数度、足立区花畑にある大鷲神社を訪れた事がありますが、今でも祭礼時には大変賑わいの有る神社でした。

時期的には秋の祭礼が済み、大みそかの大祓いを迎えるまでの間にタイミング良く行なわれる祭事であり、五穀豊穣を祝う農事の新嘗祭との対比もあって、江戸時代以降に花開いた町民文化がうまく取り入れた祭礼でもありますね。

そう言えば先日の国会の解散に伴って株価も上昇しているようで、日経平均株価も今週末で9300円台を回復しています。

今後の新しい政権に対する経済的な期待値の大きさが現われているようですが、自分たちの商売繁盛のみならず、国の経済的な活況をも願って、酉の市に出かけた方も大勢いた事でしょうね。

国家の発展の鍵は天運との連結にあります。

天運なくしては国の発展もあり得ないでしょうから、可能ならば酉の市名物の縁起物の大きな熊手で、日本に天運をたくさん掻き集めたいものです。







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posted by とら吉 at 18:38| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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