2013年03月01日

春の風

3月になりました。

関東は春一番を観測したという事ですが、確かに強風の吹き荒れる一日でした。

春風と共に花粉も大量に舞いあがっているようで、マスクの欠かせない人が街中に見受けられます。

幸いにも私は花粉症ではありませんが若干アレルギーがあって、油断していると忘れた頃に発症するかもしれませんので、意識はしておきたいと思って居ます。

最近年齢と共に物忘れも多くなってきたようにも思いますので、物忘れついでに花粉症の存在そのものも忘れてしまいたいものですね。

最近はさらに中国本土から黄砂とともに、有害物質が大量に飛んできているようですから、気を病む事が加重されているようで、スモッグで見通しの悪い北京の街並みの映像などをテレビで見ると、それだけで胸苦しくなってしまうのは私だけでしょうか。

黄砂の一粒一粒が、尖閣諸島を荒らしている中国の艦船の形に見えるような、嫌な悪夢を見てしまいそうです。




春風萬里荘 / yellow_bird_woodstock



ところで昨日のブログで、老いは誰にでも来ると書きましたが、それを見た知人から老いに絡む短歌を教わりました。

   もの忘れ またうち忘れ かくしつつ 生命をさへや 明日は忘れむ

明治の歌人、太田水穂の一首だそうで、物忘れが顕著になってきて、そのうちに自我をすら忘れて、ただ生きているだけになりそうだという危惧でしょうか。

この歌の生命は単なる生物としての生命ではなく、人間としての自我あるいは尊厳性を含めての生命だと思われます。

高齢者に対しても、その個人としての尊厳性は損なわれないように配慮すべきでしょうね。

人間の個としての尊厳性の源は、神様から見た個性真理体としての認識に基づいているに違いありません。

個人においては神様の存在を認識しない限り、老いに伴う自我の喪失や尊厳性の喪失の危惧から抜け出すことは出来ないでしょう。

また、社会においても高齢者の尊厳性を損なう様な社会構造は、そもそも神様の立てられた原理と法度に反するものだと言えるでしょう。

どのような個人であっても個性真理体であると言う認識こそは、今の世の中に必要なのだと思うのです。









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posted by とら吉 at 21:11| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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