2013年03月03日

本日の礼拝

私は今、天正宮博物館から下りてきました。真のお母様から「今日はどうでしたか。良かったですか」と尋ねられたので、「良かったです。感謝します」とお伝えしました。第一部の式典で着られた衣装は、すでに何年も前に準備していたものでした。当時、突然「紫色の生地に雲の模様を金糸で刺繍した服を作りなさい」と言われました。それで、一生懸命に準備をしました。
 今回はすべてを成したという意味を込めて、清く美しい雲にしました。今日、真のお父様は、「雲は聖徒たちを象徴するもので、聖徒たちが真の父母様に侍る立場を中心として衣装を作るように天の父母様がされた」と言われました。私たちが見守る中で、真のお母様は本当にたくさんの涙を流されました。先程も会話をしながら泣き続けられました。その背後には真のお父様がいらっしゃり、真のお母様が成されたすべての内容と祝福家庭の実績をご覧になられ、真のお父様も涙を流して喜ばれる貴い祝福と恩恵の日でした。
 私たちは基元節と言いますが、基元節とは何でしょうか。食口たちの中には、「基元節は天運と天福が共にある日なので、基元節の後は仕事をしなくても受けた祝福で自動的に生活できる」と考えている食口もいました。今回なんと言われましたか。私たちを天一国民だと言われました。私たちの国は天一国です。天一国に今日から入ったのです。天一国民なのです。そうだとすれば、私たちはどのような生活をするべきでしょうか。基元節を向かえて天一国に入り、「本当に良かった」と喜ばしい面もありますが、そうではない面もあるのです。天一国民として生きれば福を受けますが、そうでなければ蕩減が伴うのです。基元節を迎えて、自動的に天運と祝福を受けて生きられるというのではなく、もう一度しっかりと身を引き締め、心と体を再定立して整理整頓し、歩み一歩一歩に、言葉の一言一言に注意しながら、「サタンや悪が讒訴しないだろうか。果たして天一国民として、相応しいだろうか」と自分を点検しながら、真の父母様が今まで下さったすべての御言を中心として、天一国の中で生きなければならないのです。そうしなければいけないのです。これまで堕落性を持って生きてきたとすれば、御旨の中で一生懸命できなかったとすれば、それをもう一度考えながら生きていくようにしてください。
<大母様 日本責任者集会の御言 抜粋>


本日の礼拝の訓読のみ言です。

本日の礼拝は教会長様の離任特別礼拝と成りました。

全国的に大きな人事がありましたが、環境が変わる時こそチャンスであると強調しておられました。

またこれからの7年を歩み抜いていくために、土台作りと体力作りが必要であり、体力は肉体的な体力のみならず、内的な体力、み言や精誠の体力が必要であると教示して下さいました。


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出会いと別れは人生につきものですが、その都度記憶に深く残るような思い出を一つでも刻みつけておきたいと思います。

その思い出の積み重ねが、霊界に持って行くお土産のようなものですから、地上生活での人と人との触れ合いが、何よりも重要なのでしょう。

霊界を見据えた地上での心と心の触れ合いを意識しつつ、良い思い出を積み重ねていきたいものだと思うのです。






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posted by とら吉 at 18:12| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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