2013年01月23日

清平の恵み

昨夜清平の大役事に参加したメンバーが韓国から帰国しました。

参加者はとても多かったそうで、先祖祝福式も大聖殿・小聖殿・親和館などすべて人であふれていたそうです。

一世未婚霊人の祝福も久し振りに行なわれたので、その分いつも以上に多かったのでしょう。

清平役事は本当に感謝ですね。

基元節前に各個人・各家庭・各家系において霊界を整理しておくのは重要だと思います。




東京 Tokyo 东京 201105 / Dayou_X




私たちには霊界の様子が見えませんが、霊界や霊人の存在を実感して生活している方もおられますので、その方たちは清平役事の恩恵をひしひしと感じておられる事でしょう。

特に先祖解怨・先祖祝福は直ちに地上に住む私たちに、現象的に恵みや恩恵が現われる訳ではありませんが、時間の経過と共に様々な形で福となって現われてくる事を感じます。

我が家も何とか夫婦で直系と母方の4系列は210代まで先祖解怨・先祖祝福・お迎えが済みましたが、その恩恵で護られている事を折に触れて感じていますし、また思いのほか物事が好転する事も度々あって、有り難く思っています。

世の中に起こる事象は何事にもタイミングの善し悪しがありますが、よりによってこんな事がと思う程に、悪いタイミングが重なる場合もありますね。

少しばかりのタイミングのずれで、大難が小難に留まる事もありますから、霊界からの護りの有無は私たちの考えている以上に影響力が大きいのでしょう。

何よりもたくさんの方の護りの眼が自分に注いでいると考えただけで、有り難いし、心強い事だと思います。

これだけ恵みの多い清平において、今後1〜2万人が訪れても快適に眠れるような宿泊施設の拡充を願うのは、私の我儘か贅沢なお願いでしょうか。

現状には本当に感謝しつつ、淡い期待を将来の清平の施設に向けて抱き、これからも清平に足を運びたいと思っています。







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posted by とら吉 at 19:17| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

本日の礼拝

本日は清心ワールドセンターからの連合食口礼拝の中継でした。

真のお母様のみ言は長くありませんでしたが、基元節に向かう私たちの準備不足を問いただす内容で、襟を正されたように感じました。

私の所属の教会から21人が清平大役事にツアーを組んで参加していますので、現地でもしっかりとみ言を賜った事と思います。


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二十四節季では今日から大寒ですね。

一年で最も寒い時期と言いますが、寒気の増す様な事件が遠く灼熱の地アルジェリアで起きています。

テロの人質となった日本人の安否が気遣われますし、サハラ砂漠の奥地と言う事もあって情報も錯そうしているようですから、家族を始めとした関係者の方は眠れぬ日々を過ごされている事でしょう。

早急なる解決を願わずには居られません。

そこにさらに追い打ちをかけるように背筋を震撼させるのが、鳩山元首相の中国での無責任発言ですが、中国包囲網を築くべく安部首相がベトナムやインドネシアを訪問したこの時期に、現在は一民間人だとは言っても、中国から誘われておいそれと出かけていく神経が理解できませんね。

案の定、その発言を中国政府に利用されていますが、敢えて中国寄りの発言をしているとすれば確信犯以外の何者でもありません。

憤りを心にしたためつつ、教会から帰路に就こうと外に出ると、若干日が沈むのが遅くなったように感じられます。

理不尽な世の中の理とは裏腹に、自然界はその装いを徐々に春に向けて整えつつあるのでしょうか。

斉藤茂吉の弟子の山口茂吉の短歌に

   あり触れし ことと云ふとも 光のび 来(きた)るはたのし こころゆらぎて

の一首がありますように、毎年見る有り触れた事象とはいってもやはり、春の訪れの近い事を感じるのは希望的であり、嬉しいものですね。

世界中のすべての人の心に春の訪れる事を祈りたいものです。






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posted by とら吉 at 16:47| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月17日

現状把握

先日の東京の雪で、近くのホームセンターで靴底の厚い防寒ブーツを購入して、その日は早速使いました。

東京の人間は雪に慣れていないので、少しでも積もると大騒ぎになってしまいますが、それでも作業用の長靴や防寒ブーツが重宝する事が良く分かりました。

防寒ブーツは少し暖かくなると足が蒸れるようですが、雪の降る日はやはりそれなりの装備が必要なようです。

その日は成人の日で祝日でしたので、車で外出しようと思っていたのですが、急に降り積もった雪で車も出せず、家に閉じ込められた様な1日でした。

晴れていればあれもしよう、これもしようと思い廻らせていた予定が、すべて棚上げ状態になってしまって、予定外に家でくつろぐ時間を持てたのですが、それでも気持ちが落ち着かないのか、棚上げになった予定の事を後日どのように処理しようかと、また思いめぐらせる時間でもありました。

考えてみると人間は、自分が受け入れたくない状況に置かれると、妄想に走ったり、非現実的な状況を夢見てあれこれと考えるようですね。

身動きの取れない現状を受け入れようとしていない自分に気付いて、思わず苦笑してしまいました。




Soft Rime - 18 / Kabacchi



現状の自分を受け入れると言う事は簡単なようで難しい事でもあります。

もちろん自分の事ですから自分が一番よく分かって居る筈なのですが、それを妨げるものがあると冷静な判断が出来なくなるようです。

特に強烈な自我やプライドなどがあると、自分がこのように評価されるべきだという理想と、現実にはそのようになっていない自分とのギャップで、心を病んでしまうことにもなりかねません。

過度なプライドはうつ病の要因の一つでもあるそうです。

まず、あるがままの自分を受け入れる事がすべての出発点の様ですね。

その上で、現状から少しでも自分を高めていこうとする事が必要ですが、その意欲の根源が強烈な自我やプライドなどのように、明らかに堕落性に基づくものであれば、どこかで行き詰まり、躓いてしまいます。

意欲の根源が自分以外に基づくとすれば、考えられるのは家族や親の様な、身近に居て励ましたり理解してくれる存在であり、それは究極的には親なる神様に繋がって行くのでしょうか。

神様が願われる基準に少しでも近づいて欲しいと、私たちに語りかけてくださる神様の思いが実感として伝わって来れば、無限に意欲が沸き上がってくることでしょうね。








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posted by とら吉 at 17:53| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月13日

本日の礼拝

求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
 あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。
 だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。
 これが律法であり預言者である。
    (マタイによる福音書7章7節〜12節)

天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結された為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成することをお誓い致します。
    (家庭盟誓 7番)


本日の礼拝の訓読のみ言です。

基元節のとてつもない恩恵に対する感謝と決意の必要性を教示していただきました。

誰もが迎える事の赦されている基元節ですが、私たちはその日を曖昧に迎えてはならない。

私たちは常に、最高の基準に向かう闘いをする心構えを持つべきであると教えていただきました。


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昨日、天暦の12月1日を迎えました。

いよいよ天暦でも押し詰まってきましたが、今日から基元節まで40日という節目でもあります。

もう一度、襟を正して臨むと共に、様々な情報の錯綜する中でもあり、正しい情報を正しい経路で受け止める事が大切ですね。

明日の成人式は全国的に天候が悪化しそうですが、すべての人々にとっての希望の日が目の前に迫っていますので、新成人には希望を持って祝賀の場に臨んで欲しいものです。

基元節以降の、人類が未だかつて経験した事の無い希望の時が訪れるその時に居合わせ、成人としてこれからの社会を担っていく青年たちに、より良い社会を準備してあげたいものだと思うのです。 




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posted by とら吉 at 17:20| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月11日

条件反射

先日ハワイのコナコーヒーをいただいて、昨日ドリップして飲んでみましたが、馥郁とした香りと嫌味の無いすっきりとした味に本当に満足しました。

コーヒーの香りには身も心も癒されますね。

せっかく高価なコーヒーをいただいたので、注ぎ口が細く長くS字になっているドリップサーバーを買ってきて、時間をかけてろ過しています。

我が家は家族全員がコーヒー党で、以前はコーヒーミルやサイホンも買って使った事もあるのですが、コーヒーに使う用具も凝り始めると切りがありません。

それでもやはりドリップが単純かつ最も効果的な手段でしょう。

布を使ったネルドリップまで行なえば良いのですが、さすがに市販のペーパーフィルターに落ち着いています。

人によっては自分で焙煎する方も居ますが、焙煎の段階で漂う香りがすでに私たちの脳を刺激してくれます。

これはもう条件反射のようなものですね。

街中でも歩いていてふと漂ってくるコーヒーの香りについ振り返ってしまうのは、ある意味では病的かもしれませんが、しっかりと脳に安らぎの記憶と共に焼き付いているのでしょう。

このように条件反射のような反応は常に感情や記憶と対になって脳に刻まれています。

言葉や五感への刺激などがきっかけとなって、喜びや楽しさやくつろぎの心情などの記憶が即座に蘇ってきたり、悲しみや苦痛の心情などの記憶が蘇ってきたりするのですが、私たちの日常生活もそのような反射的な心情の連続なのかも知れません。




ドリップ中 / norio_nomura



私たちの日常生活も本来は、喜びや楽しさやくつろぎの心情などの記憶が蘇ってくるような刺激の連続であるべきなのでしょう。

特に信仰者はその要素を多々持っている筈であり、例えば言葉を例にすると、感謝と言う言葉を聞いたり目にしただけで条件反射的に感謝の心情に溢れ、神様と言う言葉を聞いたり目にしただけで、条件反射的に慕わしさや愛おしさに満ち溢れるのが本来の姿なのだと思います。

とは言え、自分の精進の足りなさゆえに、そのような心情が条件反射的に展開されないこともありますが、目指すべき心情の世界をそこに置いて、自分の信仰生活の現状を推し量って見るのも良いかもしれません。

例えば祈祷をする時に神様と口にしただけで、条件反射のようにその心情の世界に没入してしまう様な感覚は、私たちにとっては何よりも至高の瞬間でしょうね。







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posted by とら吉 at 20:02| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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